コオロギ脳の性的二型神経回路はどのように構築されるのか?

さまざまな動物の見せる求愛行動や交尾相手をめぐる闘争行動などの性特異的行動は、脳・神経系に存在する性的二型神経回路により制御されることが広く知られています。昆虫では、モデル生物であるキイロショウジョウバエを材料とした分子遺伝学研究により、行動の性的二型性を規定する脳・神経回路の性差を生み出す分子・細胞基盤が詳細に明らかにされてきました。ショウジョウバエでは、性特異的なスプライシング因子である transformer 遺伝子の下流で fruitless 遺伝子や doublesex 遺伝子などの転写因子遺伝子から性特異的な遺伝子産物が生じ、これらを発現する神経細胞が形態的・機能的な性的二型を獲得することがわかっています。では transformer 遺伝子や fruitless 遺伝子・doublesex 遺伝子を中心とした脳・神経回路の性決定メカニズムは、昆虫の系統を跨いだ共通のメカニズムなのでしょうか?

当研究室では、原始的な不完全変態昆虫におけるfruitless 遺伝子・doublesex 遺伝子の脳内機能を調査することで、上記の問いに答えようとしています。これまでにfruitless 遺伝子に依存した脳・神経回路の性決定システムは昆虫の進化の過程で派生的に生じたものであり、コオロギなどの不完全変態昆虫ではfruitless 遺伝子に性特異的な遺伝子産物が生じないであろうことを明らかにしています。現在はdoublesex 遺伝子に興味を移して研究を続けていますが、コオロギのdoublesex 遺伝子にはさまざまな興味深い分子進化が起きていることを掴んでおり、脳や行動の性差を生み出す機構の進化・多様性の理解に向けて今後ますます面白い研究が展開できると期待しています。

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参考文献

  1. Watanabe T.. (2019). Evolution of the neural sex-determination system in insects: does fruitless homolog regulate neural sexual dimorphism in basal insects? Insect Molecular Biology. 28:807-827.
  2. 渡邊崇之 (2020). 「昆虫脳性分化機構の進化を探る: 不完全変態昆虫を材料とした研究から見えてきたこと」 比較生理生化学 37巻:130-138.