成虫雄コオロギの闘争行動: 社会行動のモデル実験系

成虫雄コオロギはエサや雌、ナワバリをめぐり激しい闘争を繰り広げます。中国では雄コオロギを飼育し闘わせる「闘蟋」が賭け事として行われていました。雄コオロギの闘争は動画中に示すような定型的な行動パターンにより構成されており、闘争がどの程度エスカレートするかを指標に攻撃性を評価することができます。

広大な脳の中から社会行動の遂行に必要な神経細胞を見つけたい

過去におこなわれた行動薬理学的研究により、コオロギの攻撃性の制御にオクトパミンなどの生体アミンが関与することがわかっています。また攻撃行動には雌雄差があることから、性的二型神経回路の関与も予想できます(求愛行動などの成虫特異的な社会行動にも性的二型神経回路が関与すると考えられます)。

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右図は成虫雄コオロギ脳のオクトパミン作動性ニューロンを染色したものです。この実験により、コオロギ脳内には片半球あたり100個を超えるオクトパミン作動性ニューロンが存在することを明らかにしました。


では、この中でどのニューロンが実際に攻撃性を制御するのでしょうか?


激しい闘争の最中に直接的に神経活動を計測する電気生理学的手法・脳活動イメージング法を適用することは困難です。

最初期遺伝子を利用した行動責任ニューロンの事後的標識

神経活動依存的に発現誘導を受ける最初期遺伝子は、神経活動マーカーとして脊椎動物の神経行動学研究で広く活用されています。この実験では、まず動物に特定の行動をさせ、最初期遺伝子の発現に必要なインダーバルをおいた上で脳内で最初期遺伝子を発現する神経細胞群を染色して、行動遂行時に賦活化した神経細胞群を特定します。このような事後的標識法をもちいることで闘争に関わる神経細胞群を特定できるのではないかと考えました。


当研究室では、コオロギ脳で発現する最初期遺伝子として egr-B 遺伝子を同定し、egr-B 遺伝子の転写調節領域を利用した神経活動レポーター系統を樹立しました。この系統を利用することで摂食行動により賦活化する神経細胞群を検出することに成功しました。この研究成果は、非モデル昆虫を材料に神経活動を人工遺伝子の遺伝子発現へと変換し、可視化することに成功した初の事例です。様々な神経遺伝学ツールを組み合わせることでコオロギのみせる闘争などの社会行動の神経基盤を明らかにしていきます。

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参考文献

  1. Watanabe T*., Ugajin A., Aonuma H.. (2018). Immediate-early promoter-driven transgenic reporter system for neuroethological researches in a hemimetabolous insect. eNeuro. 5:e0061-18.2018.